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2025年3月18日火曜日

ブログ更新してなかったぁ2025/3月

 どーも 青ネズミです。

仕事変わりまして、、、、、ブログ更新することもなく1年以上放置しておりました。

さて、最近財務省解体という各方面からの情報があふれる状況ですが、青ネズミ的考察をしてみたいと思いまして、久々にキーボードを叩いております。そもそも財務省とはどのような権限をお持ちなのか?

財務省は、日本政府(国民の集合体)による自治行政機関であり主権は国民である。

主に国家的な経済活動の指針を示される他の官庁組織と同様に公僕である。政治的な政策のお金(利便性の)管理機構である。

さて、国の発展や国民の発展をサポートする官庁で他の官庁と違うところは、利便性=お金の供給や制限をかけられ、なおかつ国民にその供与を行うことが目的としてかかげられ、納税と給付をおこなっている。このお金の供給源とは違い会計業務が主である。ただし国民の義務として納税も管理しその出入をつかさどっている。(旧大蔵省も同様である)

これは、本来同率であるはずの他省庁より権限が強いのはなぜなのでしょうか?

答えは簡単で、供給する財布は1つしかない=財務省だからであり権力集中するのはごく自然であると考えられます。そのほかの代表的財源といえば国土交通省の目的特定財源や厚生省の年金や社会保険などが当たる。目に見えやすい特定財源(目的税)のほうがはるかに精査しやすいが、年々一般財源は不透明化し始めている様相であるといえるのではないか?

例えば、基本的な所得税と考えた場合、利便性を多く享受する人は多く払うという単純な理屈ではなく貧富の差がない消費税などは収めるばかりで享受に関してはあまり一般的な国民には関係がないと思える。本来この消費税は社会保障にすべて使われることを前提条件として国民に信を取ったといえるが、ふたを開けてみれば、「お金に色がついていない」などとどこかのお偉い政治屋さんがのたまう始末。消費税や閣議決定が必要のない社会保険などの特定財源は、年々上昇を見せていますがその割に享受できない。いい加減数字合わせの理屈は即時改めるべきだと思う。

消費税が上がった時に景気は一時的に下降線をたどるが、政府的な発表は年率ベースでのGDP上昇率を目標を下がらない。当然なのではないか?だってそのパーセンテージだけ税負担増えていて経済上昇率相対に金額ベース上がるわけだから!

昔、僕が若いころ資本主義は膨れる経済と習った気がします。僕はこれは当然だと思うのですが?皆さんはどのように考えますか?生産物をすべて0スタートで作成した場合から考えそれを欲しい人に売るという行為はその基本的コストを作成者の労働によるものであると考えればおのずと利便性に対する付加価値の増大が生まれお金(利便性)も価値が高まると考えられる。この利便性の象徴がお金(通貨)であると思うのだか、、、、労力は機械にとって変えられる部分(産業革命)と人本来の労力に変化してもそれを使うのも人なわけで、

もう一つは、消費税という税の始まりは僕が知る限りフランス発祥で1954年に世界で初めて消費税(付加価値税、TVA)を導入した国です。この税制は、当時のフランスの財務官僚モーリス・ロレによって考案されました。第二次世界大戦後の経済復興を支援するために設計され、特に輸出企業への補助金の役割を果たすことが期待されていました。と言われています。この輸出産業保護のために導入されたともいえるのではないか?これは付加価値である労働力を守るという側面のあるけど人口減少の日本国は利便性の享受が少なく重税感だけが残っている感じではないかと思います。昔のことで定かではないけど日本の経済成長の陰には、インフラ整備のために多くのお金が使われその利便性を享受していたと思います。それが成熟期になり本来そのメンテナンス(投資)(物だけでなく人も)をしなければならない時期に税収だけを気にしているのではないのか?これでは本末転倒ではないのか?と思う今日この頃です。最後にこの国の通貨は自国発行であり破綻することは本来ないと思うのですが、、、、もひとつ付け加えるなら海外投資の莫大な資産勘定による通貨の安定性も一応あるので。

いつものようにまとまらん!(笑)


2023年11月27日月曜日

最近思うこと2023秋

金利とは何なのでしょうか?

国の成長の中身とは何でしょうか?

自国通貨発行権を持っていると言う事は、いくらでも必要なだけ供給することができますが担保となっていた金の担保以上に貨幣発行できないとすれば経済的な資金需要に対応するのでしょうか?

私は、貨幣は利便性であると言ってきました。この利便性という貨幣以上の担保させるためには利便性に対して付加価値を付けると言う事でありこれが一般的な金利といえる。前に書きましたが、基の元本に対する需要と供給のバランスが不均衡となれば、基である金=貨幣から時間的に増減を繰り返すことで均衡しようとするが需要が過大すぎると言う事は金利加算をすることにより貨幣を見かけ上、元の価値より高く付与して貸し出されてもその需要から金利に値する労働力に対して行われると言える。

例えば、個人的に20万円を自分以外からお借りした場合にお貨幣感いて、月利30%なんていう金利付加をした場合に、1か月後の返済額は、26万となりこれ以上の収入があれば元の20万円は基礎的な貨幣感

この金利が高いほど危ない概念(通貨)となり元本を早期に回収し概念利息を利益として経済成長させることができると考えられる。過去の日本でも高金利(2020年時点では考えられない)の時代がありこの時期における返済金利額の増大による国力上昇をもたらしたとは考えられないだろうか?ただし国内だけである。日本の場合金融資産は自国通貨建てであり外貨ではないために経済的に独立していると言えるが、自国内でアメリカと同じように食料自給率があるとは思えないというか無い。高度成長期で約70%ぐらいあったのが2020年ではその半分ぐらいとなり、当然食に対する変化もあるが、なぜこんなことになったのか?仮に1950年人口8400万人に対して2020年人口12600万人とした場合において凄まじい自給率の低下(約60%)といえる。日本はお米の国で昔はこれが金の代わり(2次的な現物貨幣)で非常に貴重でした。

ところが、国民の食糧供給に対応するには国外からの輸入となりその相手国との交換レートにより輸入される。戦後において、爆発的な国民増加による供給不足とお米の増産による政府支出の買い上げ金額の増大は、人口減少期には足かせになり国家財政を不安定にするものとして、米価価格の推移を一定の予算内に収めることによるには、拡大した田んぼを減反又は他の作物の転用により行われたが、はて?日本の基礎的産業であるお米という商材をこの当時は国外に輸出するという事が出来なかったのでしょうか?

この先休耕地が増え、食料が自給できなくなることは避けられないと思いますがそれに対して大規模農家の推進や株式会社法人の緩和などで本当にこの危機を乗り越えられるのでしょうか?はなはだ疑問です。

なぜならば、日本の国土はその大多数が山であり平地面積は非常に少ないと言えるからです。昔の人は山間部でもお米が収穫できるように棚田を作ってきましたがこれは、耕地面積が少ないための知恵で人海戦術的な耕法だからです。それに対し大規模農家は効率を重視し機械化を進めますのでこのような棚田は休耕地になりやすく手入れされない土地は荒れていくばかりで取り返しのつかない災害に発展する可能性を秘めているのではないのでしょうか?

このブログを読まれた方で、解決方法がある方は声を大きく出してください。

散文にお付き合いくださいましてありがとうございます。

2022年12月24日土曜日

お金とは、何か?20

さて、雪が降る時期になりましたが、結構ドカ雪みたいです。
世間は、クリスマスイブのようですが、、、、蒼ネズミです。

なぜこんなにアメリカ貨幣が世界的な共通通貨になりえたのでしょうか? 第一次世界大戦以前は金や銀の希少金属(銀はその採掘量増大による下落後、金に取って変わる。)の交換においてヨーロッパの支配が武力や植民地工業化(時間における利便性の付加価値と自国で必要とされる物品)の発展とともにその利便性の交易、交換物としての金の要求をし発展をしその担保として紙幣を発行し与えることにより流通させることで経済的、政治的な優位性を保つと言う事でイギリスは一時、世界共通の希少金属保有国となっていたがその後戦争により、そのシフトが同様に当時は内需型経済のアメリカの重工業生産力を高め輸出することでヨーロッパからの希少価値金属のシフトと共通の通貨がポンド(英国)からドル(アメリカ)に移動し行われ莫大な利益と戦争当事国から戦時国債を引き受け自国が戦場に成らなかったので国土的にも傷がなく経済成長したのであるが、他方では生産力が飛躍的に上がったので需要と供給のバランスが壊れ発行された貨幣は実体ではない株式や債券にあたかも希少金属が増えるがごとく使われる為に、現物資源との乖離が起こり、利便性である貨幣は担保されずにその意味を失うので破綻(下落)していくのは当然である。そして通貨発行の危機を迎え希少金属(金=GOLD)との等価交換停止となり、基軸通貨の価値も同時に失う事になり、自国の通貨と産業を守るために貿易を制限するため高関税をかけ保護主義として守ろうとする。しかし資源があるなしでも大きく差がつくのは歴然です。そして第二次世界大戦に不平等感から突入していくが、この戦争でも国土が無傷だったのはアメリカであり戦争物資の供給元として地政学的優位を生かし貨幣および債券と同時に金(GOLD)も集まることになった。一時アメリカだけで世界の金(GOLD)の保有率70%であり、貨幣と(GOLD)が分離した形であったにも関わらずである。

どの時代でもエネルギー源は、形を変えて存在すると言える。人という奴隷から石炭へそして石油という利便性のシフトが行われるが、その根幹の代理を貨幣という利便性で行われる。そのためにお金(貨幣)の本質とは、利便性とエネルギーであるという事になると思います。それによる価値とは問われれば、物の価値との交換である。貨幣はその利便性の行使の代用品でしかない。そのお金の価値は人の価値でありその集合体がその国の価値ともいえると思います。2022年の現時点で言えば、日本は価値を失っており下落していると言えますし、また生存できない時代を迎え貨幣価値の下落は、人の価値の下落になり、国の実質的な国力低下を招いていますが、それを強制的(税金で)に持ち上げることに終始する事態で体裁を保っているのが現状である。次節ではこれからについて考えたいと思います。

現代のお金=貨幣は、利便性という事柄であり、人間とその生存するためのエネルギーのバランスを行使するものであると私は強く思います。

もうすぐ、年が変わりますが御自愛くださいませ。蒼ネズミでした。

ブログ更新してなかったぁ2025/3月

 どーも 青ネズミです。 仕事変わりまして、、、、、ブログ更新することもなく1年以上放置しておりました。 さて、最近財務省解体という各方面からの情報があふれる状況ですが、青ネズミ的考察をしてみたいと思いまして、久々にキーボードを叩いております。そもそも財務省とはどのような権限をお...