蒼ネズミが考えるお金とは、利便性であるという考えです。
お金=利便性
この方法論を私なりに考えた場合、例えば人間が生存する最低な条件として、
人間は生きるために、エネルギー源が必要になるわけでこのエネルギーを得るために何か行動を起こすが、しかしながら何も得るものがない場合はこのページを見ている貴方はどうしますか?得られることができない場合は自身が時間とともに衰弱し最終的に生命を維持できなくなり死亡と言う事になるが、そこで終わりではないと言う事です。その肉体は他の動物に捕食されその後エネルギーに変換されるという食物連鎖が行われる。もちろんこのページを見ておられる諸君はその食物連鎖からは逃れられると思いますが。。。
さて現代はというと、地域によっての食糧事情が違ってくるが概ね先進国と言われるような国家におられる場合と後進国と呼ばれる国では人間が生存するためのエネルギー得る方法が異なる。まずは先進国と呼ばれる国家は、自国でもエネルギー源を生産するが他国からも輸入買付を行う。(利便性の行使)後進国と呼ばれる国家も、エネルギー源を生産するがそれ程多くないと考えられる。このために利便性を行使するには、人間自体のエネルギー源(労働)を利用しそれを先進国とトレードすることにより利便性の行使が行われる。
そこで利便性の行使をする場合の判定基準とは何か?という疑問がわいてくる。本来は自身と他人との合意形成の上で行われるはずです。例えば自身(Aとする)は塩がないが他人(Bとする)は塩を持っている。この例で考察すれば交換に必要な第一の決定権はBにある。次にそのBがAに対してBの欲する塩以外の物を手にしようとしてAがそれをもっているか尋ね、持っていれば交換するがなければ交換が成立しない。持っている場合はその交換比率は両者の間で決められ実行に移される。まだまだ続く。。。今日はこの辺で
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